ママゴンは、なぜあんなにまじこに厳しかったのか。
まじこなりに推理すると──
お母さんはいつも「お利口さんの姉」とまじこを比べていたんよ。
もちろん、まじこがお勉強に興味を持たなかったのもある。
でも、まじこは言いたい。
「勉強を避けたのはあんたのせいや!」と。
失敗することへの恐怖。
怒られることへの恐怖。
鉛筆が揃っていない、削られていない、ノートの端が折れている。
お母さんの「なんで?」の後ろには、「姉はできるのに、あなたは」が必ず隠れていること
を、まじこは気が付いていた。
ただ、優先順位が違うだけなのに。
すぐ他人を評価するお母さん
姉はその頃まだお母さんの実家で暮らし、ほかの子供たちと同じように勉強し、わからなけ
れば、お爺ちゃんや校長のおじちゃんに教えてもらえる環境だった。
そもそも姉は本と勉強が好き。
まじこは体育・音楽・図工が好きだった。
でもお母さんの望みは「かけっこよりお勉強」。
そして、先生に「お宅のお子さんは…」と褒められること。
お母さんは常に「他人からどう見られるか」を気にしていた。
買い物に行っても、バスに乗っても、そこにいる他人を評価する。
「あの人行儀(ぎょうぎ)悪い」「あの人の恰好みた?」
まじこからしたら、いちいちうるさいし、面倒くさい。
他人をそうやって評価する人は、自分がどう見られているかも常に気にしている。
まじこはそう思っていた。
外向きには愛想がよく、特に男性には愛想がよかったお母さん。
まじこがよく言われたのは、「勉強しなかったらエレベーターガールにしかなれないよ」
「そんなお行儀悪いことしたら○○になれない」という言葉。
当時のまじこでさえ、そこに職業差別があることを感じていた。
職業・学歴差別、あんたはなんぼのもんじゃい!
そもそも小学生低学年の「の〜たりんまじこ」に職業のこと言われてもわからん。
「ええやん?あのねぇちゃん達きれいにお化粧してべっぴんさんやで?」
まじこはそう思っていたし、お母さんの比喩の仕方がすごく嫌で、「また始まった」と態度
に出していたかもしれん。
お母さんは、教員や議員など、自分が育った環境を尊く思いすぎるあまり、職業や学歴に差
別がにじみ出ていた。
お母さんがよく使う言葉が「女学校」だった。
お母さんは台湾の女学校を出ているらしい。
お母さんの年代では高校どころか学校に行けない情勢でもあったのに、お母さんは高校を出
ている。
お母さんの通った第二高女は、台湾で二番目に頭の良い子が通う学校だと聞かされていた。
でも、お母さんの姉、おばちゃんは第一高女で、もっと頭の良い子が通う学校。
お母さんは、おばちゃんの事も自分のことのように自慢していた。成績と人間性は関係あらへん!そんなに人を否定すな!
成績と人間性は関係あらへん
だからなんやねん。まじこはちびながらにそう思っていた。
お母さんの中では「お勉強ができる子=いい子」が成立していた。
お母さんの性格は、何よりも「自分が正しい」というロジックを持っている。
のちに起きる夫婦問題でもそうだが、必ず自分の言い分を主張する癖があった。
まじこは怒られても当時はけろっとしていたので、お母さんはまじこのそんなところが気
に食わなかったのだろう。
怒られた後はしゅんと落ち込んでいればよかったのだろうか。
多分その頃から、お母さんとお父さんの間にいろいろ問題が起きていて、そのやり場がまじ
こに向いていたのではないかと思う。
🌟まじこのコメント🌟
小さい時から植え付けられた職業や学歴差別、ちびまじこから見てもそれはとても窮屈なお母さんのしがらみだった。まじこは口では絶対敵わんと思っていたからずっとその思考に反抗しとってん。
まじこはそのせいかお母さんが望む方向性と全く逆のことをするようになってしまった。
色々な選択肢がある中、まじこの選択肢は「お母さんと逆」。それだけだった。
まじこはお母さんの志向が植え付けられてるから、大人になった今それがないかと言ったら噓になる。
でもな、今の時代、むかしよりう~んと自由なんや選択肢もたくさんある。その中で植えつけられた思考って時代についていけないことがあって辛い思いをしたこともある。
親は子供の話に耳を傾ける事大事にしてあげてほしいな。まじこはそう思うで。



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