帰りたい。
でも、ここに来てからは夜の不安は全くなくなっていた。
床に耳をつけて寝ることもないし、いつ始まるか不安で落ち着かない気持ちも、おきていな
い。
「お母さん、お父さんに何か言われても何も言わないで黙っててね」
そんなことを毎日言わなくて済む。
思わなくて済む。
そうやって日々が過ぎた。
お爺ちゃんの当選と、大喜びのお祝い
お爺ちゃんの当選が決まって、おじいちゃんは議会の副議長に就任したんよ。
そりゃみんな大喜びだった。
お祝いの席が行われた。
前々日くらいから、おばちゃんとお母さんが一生懸命料理を作り、振る舞っていた。
汽車に揺られながら、これからを想う帰り道
そんなある日、まじこは学校に馴染めないまま、またお母さんと家に帰ることになった。
帰る道中、ずっと考えていた。
汽車の窓ガラスに映る、自分の顔。
仲よさそうに家族で汽車に乗っている人たち。
ガラス越しに、その映る様子を眺めていた。
まじこの横にはお母さんがいた。
お母さんの様子も、ガラス越しに観察していた。
お母さんは何を考えているんだろう。
これから帰ってどうするつもりなんだろう。
これからどうなるのか。
また同じ夜が繰り返されるのか。
まじこはずっと考えていたんや。
元の学校、変わらない日常のなかの焦り
学校はとっくに始まっていた。
なんということもなく、普通に始まる日々。
いつもと同じ朝、いつもと同じ来なくてもいい夜。
同級生たちは、まじこがなんでお休みしていたのか知らなかった。
仲の良いお友達でさえ知らなかった。
そりゃそうや。まじこだって知らなかったもん。
転校しちゃったと思っていた子もいたんよ。
まじこはおじいちゃんのところへ行っている間に、バスケットボールやポートボールは鍛えられていた。
なんかそれだけが、ちょっとうれしかった。
でも、お勉強が全然わからんようになっていた。
まじこがいない間に随分進んでいたし、まじこの心の中はそれどころではなかったから。
だから、だからこそ、まじこは学校の中で一生懸命遊んだし、時間もつぶした。
「明るい子」という仮面と、夕方のチャイム
この学校の体育館ではしていない、嫌な思い。
運動靴がきゅっきゅと鳴る体育館の床。
天井が高く、声が響く。
まじこ達が初めてこの学校に来た時には、まだ体育館はできていなかったんよ。
暫くして(しばらくして)から体育館ができた。
体育館は学年やクラス関係なしに、みんなで交流ができる。
家に帰る時間を少しでも伸ばしたかったし、帰った後の家の空気さえ感じたくなくて、胃が痛くなる思いだったんよ。
まじこは明るい子、スポーティーで活発な子。
仲のいい子もそうやったし、そう振舞っていた。
だからみんなからもそう見えたんやろうな、きっと。
そんなお手紙を上級生の男の子から頂いたことを思い出したわ。
でも本当は違うんよ。
まじこの闇を、自分で消していただけ。
ごまかしていただけ。
そうしないと、まじこは潰れそうやったから。
必死に床を磨く母の姿と、まじこの決意
案の定、帰ると抑えきれない思いが爆発しそうになる。
夜になるとドキドキする、心臓がバクバクする。
そうやって、また長い日々を過ごしていた。
そうするしかなかったんや。

お母さんは家の床を、毎日必死に磨いていた。
まじこはそれをずっと見ていた。
なんでこんなに必死なんやろ……。
毎日きれいに拭いて、丁寧にワックスも塗っていた。
裸足でぺたぺたフローリングの上を歩くまじこは、いつも怒られていた。
ふっー。
ある日、「お母さんもうやめよ。もういいよ」まじこがお母さんにそう伝えた。
もう爆発しそうな思いを、むしろ冷静にお母さんに伝えた。
お母さんはそれだけで、何を言っているのか分かっていたと思う。
ここから出たい。
その思いは言葉に出さなくてもお母さんには十分伝わっていた。
まじこが考えていること。
「まじこのために、ここにしがみついているんやな」とまじこが気が付いていること。
お母さんはやっと悟ったんやと思う。
まじこは一瞬で、いろんなことが頭の中で巡った。
友達のこと。
友達と約束したこと。
その後(のち)の事。
後先を考えず「もういい」と発してしまった、自分の言葉の重みを、感じてた。



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