そんなころ、まじこ一家の引っ越しが急に決まった。
お母さんの保育園への就職が決まり、社宅の空きが出たタイミングやった。
本当はもっと早く引っ越す予定やったのに、空くはずの部屋がなかなか空かへんくて、昭和ののんびりペースでズルズル伸びとったんや。
まじこは転校を嫌がったし、学区外から通う手続きや自転車通学の許可やらで、お役所仕事の手続きにも結構な時間がかかった。
で、自転車通学になるってことは、まじこ専用の「マシーン(自転車)」を手に入れる必要があったわけや。
新車なんてあるハズない!まじこマシーン、お爺ちゃんの選挙ペンキで真っ黄色に染まるの巻
もちろん、新車なんて買ってもらえるはずもない。
近所の家から回ってきた「お下がり」が用意された。
ちょっと錆びとるし、塗装もハゲハゲやったけど、まぁ、まだまだ現役で走れるチャリンコや。
まじこはお爺ちゃんの愛犬・ボン太の小屋の横で、ボン太にお喋りしながら、健気にチャリンコの錆を落としたり掃除をしたりしとった。
で、何をトチ狂ったか、まじこはそのチャリンコに「真っ黄色のペンキ」をぶち撒けるように塗ることにしたんや。

実は、大好きなお婆ちゃんはまじこの小学校の卒業式の日に亡くなっていた。
長いことパーキンソン病を患い、甲状腺の癌も見つかって自宅療養をしとったのを、おばちゃんが一生懸命面倒を観ていた。
お爺ちゃんは昔のザ・昭和の無口な男やから、床に臥せっとるお婆ちゃんに対して、特に何か優しい言葉をかけるわけでも、特別なことをするわけでもなかった。
でも、まじこはお爺ちゃんが大好きやった。
お爺ちゃんの家に住んどるときは、大人の監視の目が強すぎて息が詰まりそうやったから、まじこはいつも「勉強するフリ」をしては、お爺ちゃんの部屋へ逃げ込んで隠れとったんや。
まじこが引っ越す頃、お爺ちゃんは最後の市会議員の任期を終えようとしとった。
そう、まじこがチャリンコに塗ったあの「真っ黄色のペンキ」は、お爺ちゃんの選挙戦の時に事務所に余っとった、あのド派手な選挙ペンキの残りやったんや(笑)!
出来上がった黄色いチャリンコは、街中で相当、おぞましいくらいに目立っとった。
引っ越し前、まじことお母さんは、これから住む社宅を下見しにいった。
平屋の小さな木造ハウスが、4〜5軒並んで立っていた。
……家は、本当に小さかった。今でいう2DKの平屋って感じなんかな、昔ながらのボロ木造や。
ボロ平屋の社宅の下見。一歩間違えたら真っ逆さまの「ぼっとん和式」と、希望ゼロのどん底感
玄関はガラガラと音を立てる引き戸。それでも昔の造りやから無駄に玄関だけは広くて、土間も式台もちゃんとあった。
式台に上がって引き戸を開けると、6畳くらいの茶の間。その奥に8畳くらいの和室があったけど、和室の横には畳3枚分くらいの「謎の巨大な押し入れみたいなスペース」が鎮座しとった。
茶の間の横には4畳半くらいの台所、そして風呂とトイレ。
トイレはもちろん、一歩間違えたら真っ逆さまに落ちる「ぼっとん和式」や(笑)!
その家は、お爺ちゃんの家から歩いて15分くらい、あの春に花見にいった公園の近くだった。
周りには高校が4つくらいあって、昼間になると高校生の部活の「うおーーーっ!」っていう熱い生々しい声がガンガン聞こえてくる、そんな距離感の場所やった。
……なんか、これからの希望が1ミリも見えへんような、うらぶれた家やった。
お爺ちゃんは77歳で市会議員を退いた。
13期も務めた長い議員生活の中で、裏金を作るわけでもなく何一つ贅沢をせず、ただただ街の人に慕われ続けた人やった。
確か国から「勲四等」や「勲五等」の凄い勲章を授与されとった気がする。
天皇陛下から直接やで。燕の尻尾がついた黒いスーツのお爺ちゃんはかっこよかった。
お爺ちゃんはいつも、まじこのことを何も言わずに黙って見ていた。声を荒らげて怒鳴った姿なんて、一度も見たことがなかった。
77歳のバイク乗り。雪の夜に届いたクリスマスケーキと、突然のお別れ
ボロ社宅に引っ越して、一番最初に来てくれたお客さんが、そのお爺ちゃんやった。
なんと、お爺ちゃんは77歳にして、いきなりバイクの免許を取ったんや(行動力バケモノか!)。
自宅の隣に小さい畑を作ってキュウリを植え、さらにバイクで30〜40分も走ったところに別の畑を借りて、いろんな作物を植えとった。
で、野菜が収穫できると、チャリンコでまじこの家までせっせと届けてくれたんや。
ある冬の日、クリスマスやった。
外はしんしんと雪が降っていた。
ガラガラッと玄関が開いた。
見ると、お爺ちゃんが愛犬・ボン太の散歩がてら、冷たい雪の中をわざわざ歩いて、まじこのためにクリスマスケーキを買って届けてくれたことがあった。
お爺ちゃんも政界を引退して、婿のおじちゃんへ地盤を譲るようになったから、親戚の手前、大っぴらにはまじこ達の面倒を観ることができんかったんやな。
でも、そんな大人の事情の裏で、雪の中に届けてくれたクリスマスケーキ。まじこは子供ながらに、胸が熱くなって、本当に、本当に嬉しかった。
お爺ちゃんはまじこに直接は絶対に言わんかったけど、裏では親戚に「まじこは気の毒で、本当にかわいそうな子や。俺が守ってやらなあかん」と言ってくれていたらしい。
けれど、幸せな時間は長くは続かんかった。
年が明けてすぐ、お爺ちゃんは癌になり、本当にあっという間に亡くなってしまった。
まじこが卒業式の日やった。
病院生活も驚くほど短かった。それまで元気すぎたからなのか、転移のスピードがめちゃくちゃ早くて、あっという間に遠いお星様になってしまったんや。
お葬式は、お寺を丸ごと貸し切るような、地域総出の壮大でドデカいお葬式が行われた。お通夜は自宅で、お爺ちゃんを慕う弔問客の列が夜中まで途絶えることがなかった。
お母さんやおばちゃん、親戚の人たちが総出で集まって、弔問客をもてなすご馳走を作っていた。
おばちゃんたちは涙を流す暇もなかったんやろな。
目をつむると、今でもお爺ちゃんの姿がありありと浮かんでくる。
夜寝る前には、必ずベッドの上に仰向けになって、健康のために手足をぶらぶらさせる謎の体操をしとったお爺ちゃん。
畑ででっかいキュウリを収穫しては、「ほら、お化けキュウリやぞ!」って、子供みたいに嬉しそうに自慢してきたお爺ちゃん。
ボン太の散歩をしながら、すれ違うまじこの学校の生徒たち全員に「おはよう!おはよう!」って元気に挨拶しとったお爺ちゃん。
そして、一度だけお酒を飲みすぎて、自転車で派手にズッコケて、顔中傷だらけで帰ってきたお茶目なお爺ちゃん(笑)。
大っぴらではないけれど、世界の誰よりも、どこか遠くからまじこのことを一番優しく、温かく見守ってくれていたお爺ちゃんは、もういなくなってしまった。



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