落ち着ける居場所なんて、どこにもなかった
今振り返ってみても、まじこには心が落ち着いた状態で、仲の良い友達と過ごした思い出が
見当たらない。
例えば、友達を集めて誕生会をした、とかそういう楽しい記憶。
考えてみれば、子供のころのまじこは、いつも何かを気にしていて、何かから逃げるような
感覚で生きていた気がするんよ。
だから、学校へ行っても、友達と一緒にいるときでも、もちろん授業中であっても、何一つ
集中できない、落ち着かない子やった。
唯一、運動や音楽の時間だけは集中できていたけれど、これは楽しいからというより、身体
が勝手に反応する条件反射や。
お母さんのことをいつも気にかけているわけでもなく、お父さんのことを考えているわけで
もない。
ただ、その異常な状況のなかに放り込まれていて、「いつも心が落ち着かない思い」を、幼
いまじこは抱え続けていたんやと思う。
「今日は、どこへ帰れば良いのだろう」
「今日は、誰の家に行くのだろう」
もちろん、自分の家にいられる日もあった。
けれど、だからと言って家が落ち着く場所だったわけではない。
なぜなら、まじこの部屋にはいつも、いつでも逃げ出せるように綺麗に整理整頓された 「お
泊りセット」が隠されていたから。
小学生にして、大人の顔色を窺う「プロ
洋裁教室の先生は、いつも快くまじこ達を受け入れてくれてはいた。
けれど、先生のご主人は体が弱かったから、お母さんも相当、気を遣っていたんやろな。
そして、他のおばちゃんたちからは、だんだんと「迷惑そうな雰囲気」が漂い始めていた。
それは、子供のまじこにもはっきりと伝わってきた。
まじこは小さな時から、ずっと大人の顔色を窺って生きてきた。
このままだと三白眼になるんやないかとさえ思ったほど。
だから、小学 4 年生ともなれば、もうその道の「プロ」や。
大人のちょっとした目線や空気の変化を、まじこのセンサーがピピッと敏感に察知する。
「あ、まじこたちは歓迎されていない。迷惑なんだ」
でも、そんなアンテナを張り巡らせながら、その夜を終わらせなきゃならんかった。
断られた呼び出し電話と、姉のアパートの灯り
ある日の夜、まじことお母さんは、いつものお泊りセットを抱えて夜の街を歩いていた。
北国の秋は、雨が降るともう信じられないくらい寒い。すでに手はかじかみ、靴の中に入っ
てくる雨水で足の感覚も冷たくて麻痺してくる。

そんなザァーザァー降りの雨のなか、お母さんとまじこは、姉が住んでいるアパートへと向かっ
ていた。
突然の雨だったから、二人とも傘すら持たずにびしょ濡れやった。
当時は「呼び出し電話」が主流で、一般の家庭にはまだそんなに電話が普及されていなかっ
た。
アパートの大家さんのところに電話をかけると、大家さんが「○○さ〜ん、電話ですよ〜!」
と呼び鈴を鳴らす。
お母さんはそうやって、雨の中の公衆電話から姉を呼び出した。
けれど、電話口で姉からピシャリと拒絶されてしまった。
多分、お母さんも薄々、察してはいたんだと思う。
そのころ姉にはボーイフレンドができていて、その日も一緒に過ごしていた。
姉は、玄関に顔を出すわけでもなく、せめて傘を一本貸してくれるわけでもなく、呼び出し
電話の向こう側だけでまじこ達を断った。
「行こっ!」
お母さんはまじこの手をグッと引っ張り、姉のアパートにくるりと背を向けた。
歩きながら、まじこは振り返って姉のアパートの窓を見上げる。
部屋の電気は、暖かそうにに点いていた。
お母さんの発した「行くよ」というサインに 「どこに行くの?」と聞けないまじこがそこに
いた。
まるでドラマのワンシーンのようだけれど、当時の本人たちは、とにかく必死だったんよ。
どこに行こう。どこなら、今夜この子を連れて泊めてくれるだろう――。
お母さんは、頭の中でそればかりを考えていたに違いない。
結局、その冷たい雨の夜、どうやって夜を明かしたのか、どうしても思い出せない。
バッサリと切られた髪と、終わらない劇場
お母さんはまじこの髪の毛を、毎日、丁寧に梳(と)いてくれていた。
「早くしなさい!」だのなんだの、いつものように文句を言われながら。
けれど、まじこの髪の毛だけはいつも綺麗にしてくれていた気がする。
けれどある日、その髪をバッサリと切ることになった。
っすぐでサラサラだったまじこの自慢の長い髪の毛が、容赦なくバッサリと落とされた。
不思議なことに、切られた髪の毛は何故だか、伸ばした輪ゴムがはじけた時のように縮み、
一気にくるくるしたウェーブヘアになった。
まるでパーマをかけたみたいになったまじこの髪。
それを見て、何が起きているのか幼心に戸惑った。
お母さんは、自分と子供の身を守るように一時的に避難するため、まじこを連れて友人たち
の家を転々としていた。
でもそれからは不思議にその回数はわずかに減っていった。
だけど、そのお泊まりの回数が減ったことと引き換えにするかのように、わが家の 「夜のヒ
ートアップ劇場」は、また時々、開催されるようになっていた。



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