小学校に上がる前、まじこは引っ越しをした。
あのアパートでどのくらい暮らしたのか、まじこにとっては1カ月あったか、なかったか、あっという間だったと思う。
まじこにとって全くと言っていいほど、そこにいた記憶はないから本当に一瞬だったと思うんよ。
お母さんはいつからそこで暮らしていたのかさえ分からない。

お母さんとおじさんと一緒に行ったその場所は、青い三角屋根の一軒家だった。
新しい家ではなく、確かに誰かが住んでいる気配のある家だった。
まじこはそこへ遊びに来たのか、引っ越してきたのか。
これからそこで暮らすのか、何も聞かされていないし、分かってもいなかった。
引っ越しの準備もなかったし、すでに見覚えのあるものがいくつか収まっていた。
その瞬間、まじこは少しだけ胸がざわついた。
玄関を開けると、すぐに階段が見えた。
「2 階もあるんや……」
誰がいるんやろ?
リビングからは台所が見える。
まじこは台所が気に入った。
対面式で、まるでドラマ『渡る世間は鬼ばかり』の「幸楽」のようだった。
さすがに暖簾はないが、なんや新鮮で、見たことのない形だった。
台所は横に長く、奥には小屋があり、石炭や薪が積まれていた。
裏口には風呂を沸かすストーブのようなものがあり、夜になると薪や石炭を入れて火を起
こし風呂に入れるようになっている。
リビングには大きなソファーがあり、その背後の大きな窓があった。
その窓から庭に出られた。庭には雑草だけが生い茂り、物干しがぽつんと置かれていた。
窓には重厚感のある赤いカーテンがかけられていて、まじこはのちに、夕方になるとそのカ
ーテンを閉める担当になった。
まじこは、この意味不明な引っ越しに気持ちが付いていけず、家を探検することもなく、ただそこに居た。
何日か過ぎると、気づけばそこで暮らしていた。
その家は、おじさんがが住んでいた家だったんやな。
仲良し家族が暮らしていそうな「幸楽」みたいなキッチン
朝、カーテンを開けると日の光が一気にリビングへ差し込む。
部屋が一気に明るくなり、家が動き出す。
当時はまだテレビも電話もなく、お母さんがつくる朝ごはんの音と匂いがした。
対面のキッチンは家族が仲良くなれそうな雰囲気がした。
その時は。
部屋の隅には煙突付きの大きな石炭ストーブがあり、壁から伸びた煙突が「くの字」に曲がり、ストーブ本体につながっている。
お母さんはその煙突で、リボンやハンカチのしわを伸ばすこともあった。
ストーブの上には常に、やかんや水の入った鍋が置かれている。
火が弱くなると、ストーブの正面の小さな窓から新聞紙や薪、石炭を追加してまた暖かくする。
燃え出すと鉄のストーブが真っ赤になり、怒った赤鬼みたいになる。
煙突もストーブも危ないので周りには網の柵があり、そこに洗濯物が干してあった。
部屋を暖めるためには、早起きして石炭や薪をくべるところから一日が始まった。
まじこはそのころ、すでにおじさんを「お父さん」と呼ぶようになっていた。



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