まじこには、小さい頃の記憶があまりないんや。
そして抜け落ちている記憶もある。
生まれたのは日本の北のほう。雪深い、寒い地域。
まじこが小さい時はまだ雪が多くて屋根より高く雪が積もっていた。
除雪車が道路の雪をかき分けて進むから道の両端に雪が溜まる。
溜まる雪は玄関や窓を塞ぐくらい高く積み上げる。
玄関の前の雪で階段を作る。
雪の階段を上って道に出る。
道は屋根の高さと同じくらいの高さにある。
各家庭がこぞって朝雪かきをする。
そんな光景が雪国の冬の日常なんや。
小学生の頃、雪をかき分けて歩いたことだけが、今も心にぽつんと残っている。
まじこには小さい頃、“お父さんがいなかった”。
正確には、「いたけど、いなかった」。
だから家の中に父親という存在がなくても、不思議だとか、寂しいとか、そういう感覚すら
湧かなかった。
ぼんやりだけど覚えているのは、本当のお父さんと別れる時のこと。
と言っても、まじこの記憶の中ではそれが最初で最後みたいな感じなんだけど。
パチンコ屋さんに連れて行ってもらって、バナナを 1 本、買ってもらった。
ただ、それだけの記憶。
バナナ1本の思い出とその価値
今ならたかがバナナ一本。
むしろ一本だけって買えるんやと思うけど
昔はバナナは高かったし1本だけでも価値がある。
父親との記憶がバナナ1本ってなんや切ないけど、その1本があったから今こうやって踏ん張って生きていけるんかもしれんな。
パチンコ屋の帰りまじこはお父さんと手をつないで歩いていた。
お父さんと二人きりだった。
でもそこで記憶が途切れている。
そこで止まっている。
だからまじこの中ではそれが最初で最後として残っている。
夢かもしれないし、空想かもしれない。
小さい頃の写真を探すと、片手に収まるくらいしかない。
その中に 1 枚だけ、お父さんがまじこの脇を支えて、足を川の中に浸けている写真がある。
この人がお父さんなんや・・・
それだけが、確かに残っている“証拠”。

人間の記憶っていくつくらいから残ってるんやろ。
大人になってからお母さんから聞いた話だと「あんたが3歳くらいの時やっったかなぁ」と言っていたからその時位に別れたんだろうな。
だからまじこにとっての本当のお父さんの記憶って3歳の時なんやろな。
「本当のお父さん」って不思議な言い方やろ。
でもなこのまじこの回想録みたいなもんを読んでいくとそれがなぜだかわかるで。
もしかするとん?あれっていつのどのお父さんん話だっけ?なんて思うかもしれんけどな。
人間はひとりっきりでは生きていけん。
そのくらいのことは重々承知の助。
でもな最初っから無いものは、よほどじゃなければないままの方が幸せだったかも。
なんて思うこともあるかもしれんな。
まじこはそう思う。
まじこの記憶は本当にポツポツと思い出したながら話してくで。
まじこの物語は、そんな曖昧な記憶から始まるんや。




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