人生のバグに振り回されがちな人や、日常でクスッと笑って気分転換したい人へ。まじこの波乱万丈な実体験エピソードをお届け中!

第2話 昭和のアパート生活 

小さい時、多分 3 歳くらいまで過ごした家は、昔ながらのアパートやった。

大きな共同玄関があって、学校みたいに下駄箱が備えてある、玄関から見える大きな廊下がズドーンと真ん中にある。
その両脇に部屋や共同トイレがあり、その中には何組もの家族が住んでるんよね。
中廊下式賃貸住宅っていうんかな。

大きな廊下はまじこみたいなちび助がバタバタ走り回ると足音が響く廊下。
もちろん風呂無しだから銭湯へ行く。

共同の洗濯場があって、そこに洗濯機が置いてあった。
洗濯室には1台の洗濯機が備え付けてあってみな順番で使う。
昔の洗濯機は、洗う槽と絞る場所が別々で、絞る槽にはローラー式の脱水機がついてた。
2つのローラーの間に洗った洗濯物を1枚ずつ挟む。
脇についてるハンドルを手でグルグル回すと、ローラーの間から水気を絞られた洗濯物がぺったんこになって出てくる。

ゲゲゲの鬼太郎の 「一反もめん」みたいに、ひら〜っと出てくるのが、ちびまじこは大好き
やった。

貧乏だけれどご近所助け合いの精神・・これぞ日本や

アパートは 2 階建てで、上にも何組か家族が住んでた。
うちは玄関のすぐ横やった記憶がある。

外から見ると、ガラスの引き戸に「○○アパート」と書いてあって、
入口の木の表札にも同じ名前が書いてあった。

子どもが多いアパートやったから、よその家に遊びに行くことも多かった。
特に、ジュウシマツをたくさん飼ってる家や、テレビがある家に行くのが楽しみだった。
その頃は、テレビのある家庭なんかそうなかったからテレビを見せてもらいにお邪魔するんや。

家の中はどこも畳で、みんなビニールの柄の敷物を敷いてた。
畳がいた枚葉に敷いているのか、子供がいるから汚さないように敷いているのかわからなかったけれどどこの家でも敷いていた。
そやな、なめぞん一刻の「一刻館」とかそんな感じやな。
ただみんな独立した世帯やったけど子供たちの面倒はご近所さんでお世話するみたいな感じやな。

まじこ、今気が付いたわ。
今はどこ歩いとってもお年寄りっているやろ。

当時はお年寄りってあんまり見なかったな。
まじこが住んでるアパートにもお年寄りはいなかった。

だから記憶はあまりないけれど子供たちが多いから遊ぶには不自由はしなかったんやと思う。

ご飯支度してても味噌がない、醤油がない、米が足りないといってはご近所さんへ借りに行ったりする付き合いやったな。

その頃はまじことお母さんと姉の3人暮らしだったから姉が丁度小学生の高学年だったはずや。
でも、姉が学校へ行っていた記憶やお友達を連れてきて遊んだ記憶や、母親がご飯を作っていた記憶が全くと言っていいほどない。

そのアパートで暮らした記憶は本当にポツンポツンと途切れた記憶しかない。

あるのは多分貧乏だったんやろな。という記憶だけや。

🌟まじこからのコメント🌟
まじこが幼い時に暮らした環境は本当に貧乏だったと思うけれど、隣近所で支えあって生きてきた。
ご飯がなければご近所さんで食べさせてくれるし、お互いにお金に余裕がないからお金の貸し借りこそなくても、あるものを分け合うことが日常的に行われてきた。
だからこそ安否も確認できたし子供たちはたくましく育っていられたんだと思うんよ。
まじこはそういう暮らしが好きやな。
親から教わらんでもご近所さんやご近所さんのお友達同士から教わるって大事なことやで。


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