こうやってひとつずつ振り返ると、「あ〜、そうやったわ」と思い出すことがぽつぽつと増
えてくる。
ほんまに小学生になる前の事なのか、学校が休みの時だったのか、さえも覚えてないんやけ
ど。
だからこうやって思い出したことをポツポツと書くことしかできない。
日中にお母さんに連れられて、お母さんの職場へ行ったようなこともあったと思う。
たぶんお母さんは保険の外交を少ししていて、まじこを一人でお留守番させられへんから、
一緒にそこの事務所へ連れて行ったんやと思う。
まじこは小学生に上がる前、よくベレー帽を被っていたから、その頃のことなんやなきっ
と。。

そのまじこが、事務所の大きな窓の前にあるソファーに座っている写真を、昔見た記憶があ
る。
その大きな窓には、確かに「〇〇生命」と書いてあった。
思い返せば、幼稚園や保育園に通った記憶も、あんまりない。
広い場所にみんなで布団を敷いて、お昼寝をしたことは覚えている。
でも、なんだかそれも継続的ではなかった気がする。
「〇〇幼稚園の〇組」という記憶が、全くないねん。
本当に通っていなかったのか、まじこの記憶がないだけなのか。
あるいは、後でおきるいろんな経験のせいで、
当時の記憶がすべて脳内デリートされてしまったんか……
それさえも見当がつかへん。
なかよし子供館
だけど、 「なかよし子供館」という青空幼稚園のようなものに、1 回か 2 回行った気がする。
この時代は子供がめちゃくちゃ多くて、幼稚園や保育園がどこも不足していた。
だから、市が立ち上げた幼児の集団教育福祉事業の一環やったような気がするけど、定かで
はない。
「なかよし子供館」と書いてあるバスが、音楽を鳴らしながら近くの公園へやってくる。
そこへ子供たちが集まって、ビニールござを敷き、四隅を石ころで重しにして止める。
そこに座って紙芝居を見たり、歌を歌ったりして、ほんの 1〜2 時間くらい過ごしていた。
確か、週に 1 回か 2 回くらいやったような……。
まじこは小学生に上がる前のことも、その後に学区編成があったから、その時期を一緒に過
ごした友達も今はおらん。
「まじこってホンマ何してたん?生きてたん?」って思うくらい、うす〜い記憶しかないね
ん。
小学生に入ってから、お母さんに連れられて行く姉のいる喫茶店も、いつも夕方からやった。
まじこが学校から帰るのを待っていたからなのか、姉の都合に合わせたのかそれもよくわか
らないけど、お母さんがまるで逃げるようにまじこを連れて出かけるのが子供のまじこから
も「不思議」な感じやった。
その辺から、少しずつお母さんとお父さんの間に不協和音が生じ始めていた。夕方になると
お母さんの雲行きがおかしくなり、まじこもそんな毎日に、敏感に反応をしていた。



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