人生のバグに振り回されがちな人や、日常でクスッと笑って気分転換したい人へ。まじこの波乱万丈な実体験エピソードをお届け中!

第30話 先輩の「思いっきりやってこい」で掴んだ奇跡の勝利と、去るしかなかったまじこ事情

卒業式も入学式も、まるで覚えていない。
それくらい、当時のまじこにとって「中学へ上がる」というのは、ただただ通学路が延々と遠くなるだけの出来事やった。

まじこのお爺ちゃんの家は、割と市の中心部に近かった。
まわりには学校や大学があって、大きな幹線道路をたくさんの車が行き交う地域に住んでいた。

だけど中学は、そこから住宅街を抜けて、延々と開拓地域の方へと向かって歩かなければならなかった んよ。
道路だけは無駄に整備されていたから、黒いアスファルトの上を歩く。

夏はアスファルトからの猛烈な照り返しに焼き尽くされ、冬は遮る建物のない開拓途中の道を、突き抜ける冷たい風と雪が襲う。

ただただ遠いその道を歩くのが、子供心に本当にしんどかったのを覚えている。

小学校の時におさらばできた「あの子」と会わなくて済むのは救いだったが、他校から来た知らない生徒で溢れる新しい環境で、これからどんな中学生活が始まるのか、当時のまじこには全く想像がつかなかった。

誘われてはいった部活の始まりとドキドキ感

まじこは、小学生の時のあのグループの1人と一緒に学校へ通っていた。

毎朝、まじこが彼女の家によって、一緒に行く。
それがお決まり。
クラスは別々だったけれど、放課後になると、きまって一緒に部活を探しに校内をうろついた 。

そうして、まじこは彼女に引っ張られるようにして「剣道部」を選んだんよ
自分がどうしても入りたかったわけじゃなく、ただ友達にくっついて入っただけ。
でも、いざやってみると案外楽しくて、夢中になっていた

中学に入ると、3年生の男子の先輩たちが、なんだかもの凄く大人に見えて格好良かった。
少し背が高くて、骨格もしっかりしていて、肩幅がガチッと出ている。
同級生の男子も声が変わったり急に背が伸びたりしてたな。

特に誰、というわけではないんよ。
ただ、そんな周りの環境の激しい変わりように、まじこはなんだか、いつも胸がドキドキしていた 。

剣道部に入りたての頃は、主にひたすら素振りの毎日。
体育館の床に裸足ですり足をしながら、何度も、何度も竹刀を振る。
やがて防具をつけさせてもらい、相手と組んで面の練習が始まった。

「メーン!」と腹の底から声を張り上げ、どん!と床を踏み出すあの一歩が、たまらなく気持ちよかった。

剣道部は主に体育館で練習するけど、急な雨や体育館が塞がっている日は、他の部活と交代で場所を利用するんや。

剣道部の中で、女の子はまじこと彼女の2人しかいなかったんよ。

なんだか教えてくれる先輩が、やたらと大人びて見えた。
それ以上に、武道としての厳しい規律、美しい所作、凛とした姿勢、そして腹からの発声が、どうしようもなく格好よく見えていたんよね。

体育館の隅っこには、畳1.5畳くらいの小さな部室がいくつかあった。
でも、そこは男子部員しか入れない聖域で、各部の男子の部室。
剣道部は主にむさ苦しい防具がしまわれていた。

男子しか入れない、秘密の部室。

サッカー部も野球部も、バドミントンも卓球も、男子にはそれぞれ専用の部室があった。
なのに女の子は、どの部活も一緒、ひとまとめにされた、「女子更衣室」だけしかなかったんよ。

なんだか男の子ばかり「特別感」を持っている気がして、当時のまじこはそれが無性に羨ましかった 。

最初は、体操着の上から面、胴、小手を借りて練習に励んだ。
頭に巻く手ぬぐいも、部の備品だった。
手ぬぐいの正しい巻き方や、竹刀の手入れの仕方を先輩に優しく習ったりしながら、あっという間に数カ月が過ぎていった。

先生のお試しで出た大会。先輩の一言で奇跡の勝利!

夏になると大会があった。
まさか、入ったばかりのまじこ達が試合に出るなんて、夢にも思っていなかったんよ

あれは絶対に、顧問の先生の「お試し」の一環やったと思う。
今まで女性部員がいなかったから、他の学校でも珍しい「女子剣道部員」ちょっとだしてみっか。
多分、そんな程度の軽いノリだったはず。

それでも、試合への出場が決まってからというもの、まじこ達はいつもよりは練習に励んだ。

なにせ初めての女子部員だけに先輩たちから比べると「ゆる~い練習」しかしていなかったから。

そして、手元の竹刀だけは、いよいよ自分専用のものを手に入れていた。
竹刀は当時500円位やったと思う。

まじこはそれまでお母さんに剣道部に入っていることも言ってなかったから
竹刀を買うと言った時には相当驚いていた。

本物の防具や面をつけると、体感の暑さは何倍にも膨れ上がる。

息が詰まるほどの熱気のなか、でも、手ぬぐいをきゅっと頭に締め、面を頭に被ると、先輩がさっと私の後ろに回ってくれる。
先輩が面紐を後ろでぎゅぎゅっと力強く締めてくれるんよ。


その瞬間、なんとも言えない引き締め感で背筋がピーンとなる。

それがすごく気持ちよかった

試合のための本格的な戦い方も、細かな所作も、まともな指導はされないまま。
ただ先輩たちの動きを見よう見まねで覚えただけで、私は初めての試合会場へと臨むことになった。

朝から、重たい防具袋に入った防具を竹刀の先に引っ掛け、それを肩にどっこいしょと担いで、先輩たちの背中を追いかけながら会場へと向かう。

会場には観客がいるわけではないから、妙に静まり返っている。
だからこそ、床を踏みしめる「ドン!」という激しい足音や、空気を切り裂く「メーーーン!」という鋭い叫び声、気合い入れの掛け声が、広い会場中に恐ろしいほど響き渡っていた。

まじこが出たのは、チーム戦。
個人戦に出るには、まじこはまだまだ実力も経験も足りなすぎた。
当たり前や。

たしか、5人一組で男女混合のチームやった気がする。
「ローカル戦」って当時は言ってたかな。
男子3人、女子2人の混合チームや。

いつものように手ぬぐいを巻き面を被った時、先輩がスッと後ろに回ってきた。
その日だけは、先輩もいつも以上に気合いを入れて面の紐を縛り、まじこの背中を手のひらでドン!と力強く叩いてくれたんよ。

「負けてもいいから、思いっきりやってこい!」

まじこの相手は女子 。
戦うのは、同じ女子同士だ。
だけど相手の女の子は慣れているらしく、試合が始まった最初から、すさまじい声を張り上げてきた。

まじこを恐怖で威圧するために、腹の底からものすごい声を響かせてくる。
威圧されたまじこは、どうしてもその声が出せないでいた。
でも気持ちは冷静だった。

案の定、相手がまじこのガラ空きの「胴」を狙って、激しく竹刀を振り下ろしてきた。
だけど、偶然にもまじこが反射的にそれをうまくよけてしまったので、相手の体勢がフッと崩れた 。

すかさず、その一瞬の隙を狙って、まじこは無我夢中で相手の右腕へと竹刀を振り下ろした。

「小手!」とまじこ。
ーー小手(コテ)が入ってしまった 。

面の間から、見守っていた先輩たちが「まさかっ!えっ!?」という顔をして、信じられないものを見たような顔をしていた。

だって、打った自分自身が一番「えっ!?」って驚いているんだから、周りのみんなはもっとびっくりするに決まっている。

一本を取られて焦った相手が、また激しくまじこの隙を狙ってくる。
だけど、まじこが想定外に動くので、なかなか次の一手を出せない様子だった。

まじこは横へ、横へと回り込み、動きながら相手の様子を伺う。
ーーいや、違う。
様子を見ていたというより、このまどろっこしい睨み合いの時間が、どうしても待ちきれなくなっていたんや。

「もう、行ったれ!」

そう思った瞬間、身体が勝手に前に飛び出していた。
腹の底から、今日一番の声を振り絞る。

「メーーーン!!!」

思いっきり踏み込んだその一撃は、吸い込まれるように相手の頭上へと決まった。
それも綺麗に入ってしまい、まさか、まさかの先手2本勝ちで、まじこは勝ってしまったんよ。

先輩も、顧問の先生も、友達も。
そして何より、まじこ自身が一番腰を抜かすほど驚いていた。

チームとしては力及ばず負けてしまい、まじこの初めての大会は1回戦で終了した。
だけど、まじこは心の底から「すごく楽しかった!」そこだけを鮮明に覚えている。

先輩から締めてもらった、あの面紐。
背中をドンと叩いて、声をかけてもらった、あの最高の瞬間。
何が何だか自分でもわからないまま、身体が動いて勝ってしまった、あの一撃。

まじこは、初めての勝利のウキウキ感でどこまでも満たされていたんよ。

ーーでも。

そんな眩しいウキウキも、本当に、ほんのつかの間の出来事だった

ウキウキの絶頂から一転……14歳のまじこに立ちはだかった切ない現実

試合の時期を迎えると、周りの部員たちはみんな、一斉に「自前の防具」を親に買ってもらって揃え始めていた。
剣道着は生地が厚い。必ずインナーを着るが、汗が染みると重くなる。
だから、毎日の練習には当然、着替えの予備も必要になってくる。

それが、まじこにとっては、目の前に立ち塞がる高すぎる大人の壁(ネック)になったいた。

「新しい剣道着と防具を揃えてほしい」
ーーそんな言葉、うちのお母さんに言えるはずがなかった

安く見積もっても、当時のお金で「3万円」はする。
まじこはどう考えても買えるはずのないものをお願いすることは、絶対にできなかった

周りがピカピカの自前の防具で身を包んでいくなか、まじこは一言も、口に出すことすらできなかった。

まじこは何も告げずに剣道部から足が遠のいていた。

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